飛鳥時代

 現在の奈良県の飛鳥地方(明日香村)を中心に都(宮)が置かれていた時代です。仏教を広め天皇中心の国づくりを めざしていた時代で、聖徳太子や天智天皇、天武天皇らが活躍していました。

安曇比羅夫(あずみのひらふ)[生年不明~663年]

斉明天皇の時代、唐が高句麗に侵攻してきたとき百済を救援するために派遣されました。帰国すると日本に滞在していた百済の王子豊璋(ほうしょう)とともに将軍として百済に渡った。

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天武天皇(てんむてんのう)大海人皇子(おおあまのおうじ)[生年不明~686年]

天渟中原瀛真人(あまのぬなはらおきのまひと)天皇 浄御原(きよみがはら)天皇
父は舒明天皇、母は皇極天皇(斉明天皇)の子で、大海人皇子として呼ばれていました。中大兄皇子(後の天智天皇)は同父母の兄にあたります。天智天皇の崩御後、672年に壬申の乱で大友皇子軍と戦い勝利しました。そして天武天皇として飛鳥浄御原宮で即位しました。天皇は皇親政治(こうしんせいじ)を行い、皇族を重職につけました。

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額田王(ぬかたのおおきみ)[生没年不明]

鏡王(かがみのおおきみ)の娘で万葉歌人。「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き 野守は見ずや君が袖振る 」
最初大海人皇子に嫁ぎ十市皇女を生みました。後に天智天皇の妻となったとされていますが諸説あります。

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役小角(えんのおづの・おづぬ・おつの)[不詳634~701年]

実在の人物ではあるが、雲に乗っていた、虎を相手に説法したなど、法力によって仏教を広めた伝承が残っています。修験道の開祖と言われています。

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法道仙人(ほうどうせんにん)空鉢仙人(からはちせんにん)[生没年不明]

インド出身で日本には7世紀頃渡ってきました。山岳侵信仰の祖とも言われています。

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柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ)[生没年不明]

歌人で、宮中にいて天皇に仕えました。
万葉集には「東の野にかげろ ひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」と、後に文武天皇となる軽皇子と安騎野に出かけたときに作った歌があります。

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聖徳太子・厩戸皇子(しょうとくたいし・うまやどのみこ)[574~622年]

用明天皇の皇子です。592年,推古天皇が豊浦宮(とゆらのみや)で即位しすると、甥(おい)の廐戸皇子(うまやどのみこ)が皇太子となりました。廐戸皇子は推古天皇の摂政となり、天皇中心の政治をめざし、遣隋使の派遣、冠位十二階や十七条憲法を制定しました。また,四天王寺・法隆寺などを建立するなど仏教を厚く信仰して政治を行いました。豊聡耳(とよとみみ)、上宮王(かみつみやおう)など別の呼び方もあります。(http://www.asuka-tobira.com/syotokutaishi/shotokutaishi.htm)

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