於大の方(おだいのかた) 徳川家康の母 伝通院[1528~1602年]

愛知県知多郡東浦町の緒川城で生まれました。三河の松平広忠のもとに嫁ぎ竹千代を出産しました。その後、於大の実兄が織田氏とつながると、今川氏との関係を重視した広忠は於大と離縁し、実家のある刈谷城(現在の愛知県刈谷市)にもどり、城内の椎の木屋敷に住みました。桶狭間の戦いで今川氏が敗れると、松平氏は織田氏と関係を持ち、これにより家康は母於大を再び城に迎え入れました。松平氏から離縁された後の於大は坂部城主(阿久比町)の久松俊勝と再婚しています。俊勝が亡くなると菩提を弔うため安楽寺にて伝通院と号しました。