県道23号線の小櫃橋(君津市賀恵渕)から見た北側の小櫃川です。
小櫃川は千葉県木更津市,袖ヶ浦市,君津市,天津小湊町にまたがった川で,東の山間部から平野部を北上して西へと逆S字型に流れています。
小櫃(おびつ)という地名は大友皇子の遺骸を納めた櫃(ひつぎ)に由来するとも言われています。 |
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小櫃川(君津市賀恵渕) |

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| 小櫃川の中流には,大友皇子伝説の中心地,小櫃地区があります。 |
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| 大友皇子の墓があることからその名がついたと言われる小櫃には,大友皇子が御祭神の白山神社があります。 |

白山神社の鳥居 |
 神社の泉 |
| 方墳丘向かって左下の泉です。参道の右手の手洗い場?の裏にありました。おそらく湧き水だと思います。前方後円墳は花瓶の形をしていると見ると,ちょうど花瓶の口から水が沸いてる格好になります。 |
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| JR小櫃駅から久留里(くるり)街道(国道410号)沿いに南へ徒歩15分,白山神社は古墳時代前期の前方後円墳に寄り添うようにひっそりと鎮座していました。この前方後円墳の陪塚からは,海獣葡萄鏡や直刀等が出土しましたが,学術的には認められていません。また,その東北には小櫃台という地名があり,ここが大友皇子の墓だとする伝承もあります。 |
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白山神社 |

拝殿 |
 神社全体と古墳 |
| 白山神社古墳の案内板 |
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白山神社古墳

全長約88m,後円部の高さ約10mの前方後円墳で古墳時代前期に築造されたと考えられています。
大友皇子が壬申の乱で敗れてここに逃れ,数年暮らした後に亡くなったとのは7世紀後半のことなので,築造年代から推測すると,この古墳は大友皇子のものとは考え難いとも言えます。 |
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白山神社古墳 前方部 白山神社古墳 後円部 |
| 前方部の斜面から撮影した白山神社拝殿です。画面右手が方墳丘です。 |
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白山神社拝殿 |

君津市賀恵渕から西原方面 |
| 小櫃川がゆったりと流れるこののどかな平野には,その他にも左大臣・蘇我赤兄の死田と呼ばれる暗い伝承の残る西原地区があります。 |
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| 白山神社から小櫃川をはさんだ対岸の山裾には,大友皇子の従者とされる七人士の墓(君津市戸崎)や,大友妃で鎌足の娘である耳面刀自娘の従者を祀る十二柱神社(木更津市下郡)があります。どちらも壬申の乱の最後の決戦が小櫃川であったことを伝えるものです。 |
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十二柱神社鳥居 |
十二柱神社拝殿
十二柱神社 |

| 十二柱神社拝殿に神紋が描かれています。「十六葉八重裏菊」が上に,「五三の桐」が中央に,皇室の紋章「十六葉菊」も見えました。 |
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小櫃から久留里街道をさらに南へ進み,小櫃川の上流からさらに東へ国道465号線を進むと,大友皇子の正妃・十市皇女を祀る筒森神社(大多喜町筒森)があります。
大海人皇子の第一皇女である十市皇女が,最後の決戦で敗れた後,この地へ逃れ,難産のために亡くなったという伝承はあまりにも残酷で悲しいものです。筒森神社は,山間の小さな集落に,そっとかくまわれているかのように,国道から南へ入った家々と畑の中に鎮座していました。 (注) |
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筒森神社(大多喜町筒森) 筒森神社と御獄山 |
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熊野神社(木更津市大寺) |
| 小櫃から久留里街道を北へと進み,国道409号線を西へ進んだ小櫃川の下流には,熊野神社(木更津市大寺)があります。大寺という地名が示す通り,かつてはそこに大規模な古代寺院があったと推測され,神社境内からは川原寺式様の瓦が出土したそうです。 |
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