史上の大事件「壬申の乱」が起きたのは今から1300年以上前の672年のこと。天智天皇の子大友皇子対天皇の弟大海人皇子との皇位継承を争った戦いとして中・高等学校の歴史の教科書にも書かれています。大化改新のようには大きくとり上げられてはいないのですぐに忘れてしまいそうな出来事ですが,これは大きなクーデターです。また,当時の政治や世の中の動きを知る上でも重要な出来事です。そればかりか,この乱に関連して,多方面にわたる歴史的出来事を探っていくことができるため,大変興味がわいてきます。この歴史上の重大事件である「壬申の乱」を中高生にもわかりやすく整理したいと考えました。
(注)各ページとも絵と写真が中心です。画像表示に時間がかかることがあります。


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乱の背景 地図を見る 主な登場人物
@「壬申の乱」に至るまでの様子 A大海人皇子が吉野から関ヶ原へ脱出をした道を拡大地図で見る B「壬申の乱」に登場する天皇,皇子,豪族などの人物を紹介
吉野脱出 決戦 乱の後
C大海人皇子の吉野から関ヶ原まで D「壬申の乱」の戦いの様子 E「壬申の乱」の後の様子
川原寺式軒瓦 尾張の古墳・春日井市西部の古代史 リンク集
F川原寺の瓦の特徴を「壬申の乱」と関連させる G春日井市味美古墳群の紹介 「壬申の乱」に関係のあるホームページや参考文献,協力いただいた施設等を紹介
掲載写真やリンクについて



勝川廃寺で発掘された川原寺式丸軒瓦
(春日井市教育委員会所蔵)
 愛知県春日井市勝川町の勝川遺跡(勝川廃寺 8世紀初)で発見されたこの瓦は川原寺式と呼ばれ,市内東部にあったとされる高蔵寺瓦窯で生産されたものです。このような瓦は奈良県及び岐阜県(美濃地方)の古代寺院跡で多く発掘されています。 「壬申の乱」で功績のあった豪族に寺を建てることが許され,都から職人を招いて,当時の新しいデザインだった蓮の花をモチーフにした丸瓦を焼かせたとも考えられています。
 ではなぜこの瓦が愛知県春日井市にあった廃寺跡から見つかったのでしょうか。実はこれがこのページを作るきっかけとなりました。
 愛知県春日井市の西部地域には味美(あじよし)古墳群があり,「二子山(ふたごやま)古墳」は国指定の史跡です。また,そのすぐ北にも古墳があってその上に「白山神社」がまつられています。実はこれらの古墳は物部(もののべ)氏と深い関係を持っているのです。
 「壬申の乱」では物部雄君という美濃出身の豪族が登場します。尾張地方の豪族たちに働きかけ,兵を集めることに力を尽くした人物です。これは想像ですが,春日井市の豪族もこれに従い,多くの兵を出したのではないでしょうか。そして大活躍をして帰ってきたのではないでしょうか。
 


 

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